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昔、大ベストセラーになった五味川純平の『人間の條件』という小説があります。

——ありました。映画も大ヒットしました。

この小説のポイントはね、あれだけ長い小説なのに、主人公の梶には、名前がない。名字だけなんです。

それで、名前がなくても、うんと長いものをどうして、不自然じゃなく回せるかというと、軍隊が公的な組織だからという背景があるからなんです。そこには、プライベートな領域がないでしょう?会社などの組織に属した場合、往々にして、下の名前を知らないってことありませんか?

——そう言えば、名字は知っていても、下の名前は知らない。思い当たります。

会社という世界は公的な世界です。だから、『人間の條件』では、最後まで名前を出さないことによって、軍隊の中の殺伐とした感じを醸し出すことに成功したのです。

——小説技法としては、とても高度で難しいことだと思います。

本当に作品が崩れないようにしないと、突き通せない技法です。

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「人たらしの流儀」 佐藤優