リオネル・メッシ(バルセロナ=スペイン、アルゼンチン代表FW)、シャビ(バルセロナ、スペイン代表FW)、ウェイン・ルーニー(マンチェスター・ユナイテッド=イングランド、イングランド代表FW)。戦闘能力について考えるときに最初に浮かんだのがこの三人の名前でしたが、彼らを筆頭に世界のトップクラスで戦い続ける選手たちが、ボールを取られたあとのプレーを思い出してください。
彼らはボールを「頑張って取り返す」のでしょうか。それはまったく違うことに気がついてほしいと思います。「殺気だって強奪する」のです。これはテレビの画面を通じてでも見て取れるほどですから、実際に見ると本当にすさまじい。これが本当に「戦うヤツら」の姿勢なのです。
なぜなら、本物のトッププレーヤーは、一番大事なものがなんであるのか、よくわかっているからです。
「ボールを取られることほど怖いことはない」
「ボールを取られることほど悪いことはない」
「オレがボールを取られるはずがない」
日本でも昔から、ボールを奪ったあとが怖い、と言われてきました。私が現役時代にJリーグで対戦したときの話ですが、ドゥンガ(当時ジュビロ磐田MF,現ブラジル代表監督)からボールを奪うのは、実はそれほど難しくありませんでした。
しかし彼は、比喩的な表現ではなく、どんなことをしてでも奪い返しにきました。私が奪ったあと、振り向きざまに私を目がけて足を振ってくるのです。一流の選手はみんなそうでした。
ですから私はそこで、奪うだけではなくそのあとにジャンプして逃げる対処法を準備しておくわけです。これはとてもシビアな戦いですが、それが本当の戦いです。本当だからこそ、あんなに面白かったことといったらほかにないほどです。
ちなみに、奪ったあと相手が襲い掛かってくる前にパスで逃げる方法もあります。私はそれをとても嫌っていたのですが。
「取られた取り返せ。それが責任だ」
そんな風にも言われます。しかし、残念ながら頑張ったところでそれはできません。ボールの大切さを理解せずに取られた人が、それを理解している人から取り返せるはずがないのです。ボールを失うのは、本当の意味で責任を負うということを感じられていない証拠ですから、それがわかっている人から取り返せるはずがないのです。
私が指導の現場で、ただ「取られたら取り返せ」と言ったとしても、言われた選手は取り返せません。しかし、ボールを取られることがいかに悪であるかを理解した選手であれば、殺気だった形相で奪い返しにいきます。
(中略)
なぜボールが大事なのか。簡単なことです。私にとってそれがすべてだからです。
もし、味方とパスの受け渡しがずれてしまっても、そのこと自体が問題なのではありません。パスミスでもスローインでもゴールキックでも、どんな形でも相手にボールが渡ってしまうことが大問題なのです。
取り返しにいくものはボールではなく、「自分のすべて」だということがわかっているかどうか。私はそれを知っていました。だから、絶対に自分が取られるわけがない、と思っていました。
(中略)
たった3秒でも、ボールを持っていないと死んでしまうくらいの気持ちでした。私だけではなく、ともに戦ったのはそういう選手ばかりでした。
最前線で自分がボールを取られたら、最後尾まで追いかけ回して取り返すまで納得しません。私もそうでした。でも、それが私だけの特別なものだと思ったことはありません。当たり前のことだからです。
でもいまは、追いかけるのもある程度まで。しかも、大事なものを奪い返すのではなく、なんとなくやっておきました、と思えるようなプレーが散見されます。義務でしかサッカーをやっていないんだな、とわかってしまいます。
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